『テレマンの宴』
Samurai Baroque Project Vol.1
2024/02/17 ソノリウム (終了しました)
テレマンの宴

Samurai Baroque Project

曲目・出演者・日時・場所

Samurai Baroque Project Vol.1
『テレマンの宴』

テレマン作曲
 パリ四重奏曲 ホ短調 TWV 43:e4
 トリオソナタ ヘ長調 TWV 42:F3
      同 イ短調 TWV 42:a1
 リコーダーソナタ ヘ短調 TWV 41:f2
 ヴィオラ・ダ・ガンバ ソナタ ト長調 TWV 41:G6
 ファンタジア ニ長調(二重奏編曲)TWV 40:8

Flauto Dolce (リコーダー) 伊藤粒太 Lyuta Ito
Violino & Viola 廣海史帆 Shiho Hiromi
Viola da gamba 藍原ゆき Yuki Aihara
Liuto 佐藤亜紀子 Akiko Sato

2024年2月17日(土)
ソノリウム
〒168-0063 東京都杉並区和泉3丁目53-16
京王井の頭線永福町駅(北口)徒歩7分
全席自由
前売 4,000円
当日 4,500円
 

※本公演は終了いたしました。

「テレマンの宴」チラシ

テレマンの宴

Georg Philip Telemann ゲオルグ・フィリップ・テレマンの室内楽を、笛とヴァイオリン/ヴィオラ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュートの編成でお届けします♪

パリ四重奏曲は 横笛(トラヴェルソ)と ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、通奏低音という編成で、当時のパリ最高の演奏者であったブラヴェ(Fl.)、ギニョン(Vn.)、フォルクレ(Vg.) と テレマン本人(Cem.)によって初演されたと伝えられています。今回はヴォイス・フルートとも呼ばれるD管の縦笛を用いて演奏します。横笛で演奏する場合とは一味違う響きに、新たな魅力を感じていただければ幸いです。

その他、縦笛を含むトリオ・ソナタや、独奏のソナタ、ヴィオラ・ダ・ガンバのソナタ、そして無伴奏フルートのためのファンタジアを縦笛とヴィオラの二重奏に編曲したものを演奏いたします。
ヘ長調のトリオ・ソナタは楽譜上はリコーダー、ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音という指定になっていますが、今回はよりアクティヴなサウンドを求めてリコーダーとヴィオラと通奏低音という編成で演奏します。
リコーダーと通奏低音のソナタ ヘ短調は、楽譜上はファゴットが指定されていますが、リコーダーでもそのまま演奏できるように書かれており、リコーダーのレパートリーとしても定着している曲ですが、なかなかの難曲で、また感情表現の面でも深みある名曲です。

会場は永福町の SONORIUM ソノリウムです。
古楽器に丁度良い大きさの、響きが良く、白で統一された内装が美しい会場です。
永福町駅から徒歩7分と、少しだけ歩きますが、わざわざ訪れる価値のある素敵な会場ですので、ぜひみなさまお越しください♪

会場の「ソノリウム」のホームページはこちらです
https://www.sonorium.jp/

テレマンの宴


【伊藤粒太はなぜ34年の沈黙を破るのか】

19歳でオランダに渡りチェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバ演奏を学んで4年目、アムステルダム・コンセルトヘバウでヴィオラ・ダ・ガンバ・リサイタルを行ったのが1990年2月9日。月蝕の日だった。
それから34年目の2月、復活の演奏会を、素敵な仲間たちと共に為す。

あのとき、理想を胸に抱いて海を渡った若者の幻滅は深かった。心より尊敬していた師匠たちの現実。日本人として西洋音楽に携わることについての葛藤。すべてが理想には遠かった。

そこから目を叛けるように、血も国籍も問わない写真の世界に転向して数々の現場で撮影に携わってきた。しかしコンサート撮影のたびに、自分がいるべき場所が違うのではないか、舞台の上に戻りたいという思いが募る。
そしてコロナ禍の中で仕事が休止し時間だけが過ぎた。このままでいいのか、という自問。残りの人生を悔いなく生きたいという渇望。時間だけはあった二年間、指を馴らし、練習に勤しんだ。時間があったということはコロナ禍という不幸の中の幸いだったかもしれない。

34年の葛藤を経て戻る舞台。
いや、たいしたことではない。ただ、テレマンの室内楽を演奏するだけだ。世の中の片隅で行われる小さな音楽会にすぎない。でも、その小さなイベントに、ひとりの男の人生がゆだねられる。
音楽は深くふかく暮れ沈む、光と闇と歴史が交錯する墓場のごとき大円団だ。
そこにどんな価値があるのか意味があるのか、そんなことは問うても答はない。人が生きることになんの意味も見出せないのと同じこと。
それでも、舞台があって、音楽があって、人々が集う、そのことにきっと言葉には尽くせない希望があるにちがいない、と信じるのみであります。

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